Paris


jeu 20 mai 1999

TOKYO NaritaよりPARIS C.D.Gaulleへ。
四つ上の姉、麗子を連れて。

AF275は滑走路に出てしばらく静止。
突然、機体が底からうなりだす。
ゴォォォー、キィーン・・・
ずいぶんがんばっている音がする。
こんな大きな物が地上を離れるんだもんな。
離陸。
朝から曇り空だったが、成田上空はそんなに
見晴らしは悪くない。
窓の下、向こうの方に、朝まで見上げていた曇り空が。
いろいろな形の雲が太陽に照らされて眩しい。
昼食。飲み物のワゴンが回ってくる。
仏人のスチュワーデス(今はそう言わない?)が来て、
私に向かって何か言っている。
先ほどの飲み物のときは日本人だった。
・・・え、なに?
これはもしかして英語?
これは不覚だった。ここでの公用語は英語なのか。
仏人は仏語を話すものという気がしていた。
私は英語が分からない。
いや、分からないことは言っていないのだが、
心構えがない。
ワゴンの上に、トマトジュース、と仏語でかかれた
箱があるので、当然その通りに読み上げようと
していて、予期せぬ言葉が耳に入った瞬間・・・
言葉もなく指をさしてしまった。
ワインは初めに確保した。昼食にも残りを飲む。
乗り物酔いにはこれが一番。
トランキライザーも多めに飲んだ。
酔い止めは飲まない。
人によく、乗り物酔いなんて気のせいだ、と言われる。
その通りだ。
気分が悪くなる、というのはまさに気分の問題。
それをコントロールできたら誰も酔わない。
ただし、酔うと思うから酔う、というのは間違っている。
どこか遠くへ出かける、という非日常で異様な空気と、
周囲の人々の興奮状態、それに弱いのだ。
小さい頃のことを思い出した。
バスで遠足なんていうときは、必ず気分が悪くなる。
しかも、今日こそは元気だ、と思った日に限って特に。
みんなが同じ一つのことを楽しみにして興奮している、
という異常事態。
一緒になって楽しんでしまったときにはもうダメだ。
修学旅行などはほとんど宿で寝ていた。
そう、問題は気分なのだ。

Siberie上空。山々が真っ白く見える。窓ガラスに氷の結晶が。
夕食を終えると、すぐに着陸に入る。
厚いグレーの雲が飛んで流れる。フランスは雨かな。
PARIS C.D.Gaulle 空港に着く。
やっぱり雨。地面に着く瞬間が感じられる。
一人で小さく拍手をしてしまう。
すると、前の方の席からみんなの大きな拍手が。フランス人だ。
前にまとまって乗っているのだが、さすがラテン、ノリのいい人々だ。
席を立って前の方に歩くと、フランス人のいた席はとんでもなく汚い。
読んだ新聞や雑誌は広げたまま床の上、毛布も丸めて床の上、
その新聞と毛布の間にメニューやお菓子のクズやコップが挟まって埋まっている。
・・・すごい。


「42番地だね」
TAXI はホテルの住所を教えただけですぐに了解した。
さすが、プロはこうでなくては。ParisのTAXI の試験は難しいらしい。

運転手が何やら話しかける。
「・・・え、なんですか」
「あぁ、フランス語が話せるんだね」
「すこしだけ」
また、英語攻撃だ。たったの一語も聴き取れない。
最初にこちらが仏語で聞き返したから、その後はちゃんと自分の言葉で話してくれた。
「ヴァカンスかな」
「んー、観光旅行」
的を得ない答えをしてしまった。これは難しい質問だ。
日本にはそもそも、ヴァカンス、という風習はない。
日本人が海外旅行に行くあの休暇は、連続休暇、と言う。
それと、自分は今、仕事をしていない。毎日が休暇だ。
でも、それを運転手に説明するのはしんどいので、
黙って姉の麗子のおしゃべりをずっと聞いていた。

本物の仏人と話をしてしまった。初めてだ。
慣れないので、言おうとしてから実際に言葉が出るまで
無意味に時間がかかる。挨拶の言葉でさえ。まるで言語障害。

道路脇に車が一台、ひどくクラッシュしている。
このTAXI だって、一般道で120km/hも出して・・・

市内に入ったようだが、ずいぶんきゅうくつな感じの街だ。都会的とは言えない。
無色の建物が並んでいて、わびしい感じさえする。
人々は傘もささずに早足で歩いている。
「雨だね」 また運転手が話し始める。
「そうですねえ」
「今日は混んでるな。車が多い」
それにしても、クラクションの連発。人は飛び出す、
車は何の前ぶれもなく車線変更、割り込み。そのたびに、
急ブレーキとクラクション。マナーも何もあったもんじゃない。
「交通事故、多くないですか」
「いや、そうでもないさ。東京はどうなの」
「それほどでも」
「じゃ、ここと同じだ」
「えー」
「ただ、警察が悪い。ちゃんとやらないから・・・」
もう少し続く言葉があったが、よく分からなかった。
東京とは、マナーのレベルがずいぶん違うようだ。
(彼が我々を東京からと認識したのは、おそらく車に荷物を積むときだろう。)

「ありがとうございます」
TAXI にチップを渡して、ホテルへチェックイン。
フロントでもやっぱり英語。仏語が少しは分かると言ってみた。
にもかかわらず、彼はけっこう得意げに英語を話す。上手いつもりらしい。
次からは、私は英語は全く分かりません、と言うことにしよう。


506号室。着いた。まだ元気がある。
それにしてもここは本当に地球をぐるっと回ってきた、そこなのだろうか。
日本はこの地面のはるか下の方に?
何だか自分がどこに来てしまったのか混乱している。
APSをポケットに、たった一人で散歩に出てみる。
20時なのにずいぶん明るい。
夕方のParisがどの程度危険なのか分からないので、
ホテルの近所だけにしよう。
ここはOPERA地区の外れの方。
雨は止んだと思ったが、わずかに小雨が感じられる。早足で歩く。
と、いきなりゴミ収集車のおじさんが挨拶をする。ん、何か言っている。
少し振り返ったら、追いかけてきて、おねーさん美人だねえ、と言う。
スピードを上げて歩く。
アラブ系の男性が歩道を前から歩いてきて、
すれ違いざまに、こんばんは、と言ってニッと笑う。
しばらくたたないうちに、また前から別の男性が
歩いてきたから、今度は何気なく道の反対へ渡る。
男性は道の向こうから、こんばんはー、と言う。
何だか物騒だ。男になりたい。
子供達がまだ歩いていたりするから、すごく危険というわけでは
ないのだろうが、ひととおり周りを見たからそろそろ帰ろう。
シャワーを浴びる。痛いほど勢いよくお湯が出ると、なんかほっとする。
時差7時間。長い一日が終わる。


ven 21 mai 1999

今日はよく寝た。薬を飲んだせいもある。またどんよりとした空。
それにしてもここは本当に先進国なのだろうか。
昨日のTAXI からの風景でも、古くて狭くて、歴史的伝統がどうとかいう以上にとにかく古い。
ガイドブックに載っている何かキラキラしたイメージとはひと味違って、これは面白いかもしれない。
ホテルの朝食の部屋に入る。「Good morning ! 」客は英語を話す人が多いらしい。
牛乳の味が違う。コーヒーがおいしい。愛想の良い人、黙って出ていく人、人それぞれ。


外に出て歩き始める。
最初は歩いてOPERAの方へ向かう。
思った以上に寒い。
麗子がホテルに帰りたいと言い出す。
着る物を取りに帰りたいと言うが、もう少し歩いてみる。
ふと、一人旅がしたいなあ、と思う。

Gal.Lafayette。Paris で一番大きいデパート。
Primtemps もある。それにしても、これが流行最先端の都市、Parisか?
日本のデパートはなんて良い品物が多いのだろう、と思ってしまう。
ここは物を選んで置くということをしないのだろうか。
とにかく何でもいいから置いている、といった感じ。
このブランドがこんなものまで作っていたのか。
売れない物も当分は置いてありそうだ。

外に出ると、急に晴れ間がのぞいた。これは暑くなりそう。

食糧品スーパーに入る。野菜や果物の大きさが全て違う。
ずいぶん小さなオレンジ、りんご、桃、大きなレモン、ヘチマ型のきゅうり、ゴボウ型のにんじん。
あれ、これは何だ。大きめのビニール袋に、レタスの切ったのがどっさり。
よく見ると、にんじんの入ったのやら、とうもろこしの入ったのやら、いろいろ。
最近のフランス人は料理をあまりしないというが、なるほどだ。
これならヴィネグレットをかけるだけ。

Opera Garnier だ。せせこましい街に突然、こうやって大きな立派な建築物が。
この小さな街からはみ出しそうにも見える。というか、全体像を見ることができない。
周りが狭すぎて、少し離れて見るということができないのだ。全部、彫刻で出来ている。

Vendome広場の周りはどこも似たようなオープンカフェが並ぶ。
その近くのCHARLES JOURDAN の店に入る。
「メアイエルピュ?」 店員の男性がさわやかな笑顔で話しかける。
「・・・ぴゅ?」 これは英語か? 参った。まただ。
「カワイイ」 今度は何かと思ったら、彼が知っている唯一の日本語らしい。
買い物に来たつもりはないが、靴やハンドバッグ、ここも日本の品揃えの新しさにはかなわない。

ちょっと田舎くさい女の子が我々日本人に道を尋ねてくる。知らない、と答える。

麗子が疲れてもう歩けないと言う。混んでいるが、一番近くの
カフェに入る。運良く、あっという間に座れた。綺麗な店だ。
ガラス張りに鏡張り。これだけ客が多いのもうなづける。平日
なのに服装が人それぞれ。休日かと錯覚する。みんな大きな声で
何やら議論をしている。食器のぶつかる音。店員の男性が英語
らしき言葉を話しかける。騒々しいので、こちらも叫びながら
注文。オムレツサラダ付きとカフェオレを頼んだ。スーパーで
見たようなレタスがてんこ盛り。おいしい。店の前には巨大な
Madeleine 寺院が。これは完全に視界からはみ出している。
写真にも収まらない。ガイドブックを見て全体像を把握する。
でも、ここに載っている写真のアングルは不可能だ。そうとう
逆ズームにしないと。

MADELEINEからメトロに乗る。
まるM、と見えるあれはエレベータ? 透明で天井を水が流れている。美しい。
回数券を買って一枚を麗子に。自動改札も透明で出来ている。
ちなみに、電話ボックスもバスのstationも透明。
途中、駅のホームで何やら怒鳴り声が。電車が少し動き始めて急ブレーキ。
非常事態? 車内の人々がみんな立ち上がって窓の外を覗く。
何事かと思ったら、ホームで男二人が衿を掴んで口論をしているだけのようだ。
それをみんな笑って見物しているのだ。ということは、
今の緊急停車は、運転手も覗いた、ということか? そうに違いない。
メトロを降りてまた少し歩くと、向こうの車の中から叫び声。「Mignonne ! 」
振り向くと男が二人、ニンマリと笑ってこっちを見ている。みんな陽気だ。
最後に、高級服地屋とガイドに書いてあるところに寄ってみたが、ボロ布屋だった。
最先端、最高級はどこにあるのだろう。


夕方。BONNE NOUVELLEの駅からホテルへ向かう。
いたるところに犬のフン出現。
ここでは、朝になると清掃車が回るとのこと。
だから地面はゴミ箱なのだ。
母親に抱かれた小さな女の子、すれ違うときに、「Bonjour,Madame ! 」とごあいさつ。
Madame か。悪くない。
ホテルの向かいにアットホームな(さびれた、とも言う)ティーサロンがある。
中のおじさんが、我々の姿を見るやいなや、
「ヤァーー!!」 と、ものすごい奇声を発した。満面の笑み。
何だ、この反応の早さは。
部屋は5階(日本の6階)で、下の中庭には三輪車の子供と母親。
「メリー、お母さんもう知らないからね、ずっとそこにいるのね、置いていくよ、じゃあね」
子供のしかり方はどこでも一緒か。
隣の部屋からは男の大きな声。まるで喧嘩のようだが、電話らしい。
真剣に議論しているだけのことだろうが、ずいぶん長い。
無性に誰かと話がしたい。言葉はあまり通じなくても、
その気になれば 何かは伝わるということが分かってきた。
さっきティーサロンで叫んでいたおじさんでもいい。
日本語はもういい。ここに住む誰かと話したい。
でも部屋で座っていたら、さすがに疲れていることに気づいた。
朝から歩き詰めだったから。夕食もどうでもよくなってきた。
今日はもう外出はやめておく。
日が暮れる。まだ少し明るい。窓を開けて新鮮な空気を吸いながら
シャワーを浴びて、飲みかけのワインを飲む。
テレビをつけてみる。歌番組。
何だ、これは。ナツメロか?
・・・いや、どうもそうではないようだ。
日本なら10〜15年前だ。こういうのは。
七色のステージ、カーテン付き。バックにオーケストラ。
アイドルたちのなまめかしい視線、ラメのむっちりした衣装。お立ち台。
懐かしすぎる。
このハデなバックダンサーといい、単純な歌詞といい、
ここは本当に世界のモードを生み出している都市なのか。
番組のクライマックスは会場が総立ちでダンス。
一部の最先端の人以外はみんな、新しさを取り入れるということをしない。
街が古いものを守り続けているだけでなく、人間が古い。
心の鎖国をしている都市、Paris。


sam 22 mai 1999

起きてみると、晴れている。今日はどこへ・・・
まずは朝食。昨日と少し顔ぶれが違う。
土曜だからだ。ビジネスマンがいない。
おじいさんとハタチくらいの女の子が入ってくる。
「ボンジョール・・・」何だか変な挨拶だ。 Bonjour のつもりらしいが、
イタリア人なんだろうな、完全になまっていて間抜けだ。
おじいさんは、ふるえる手でゆで卵2つとヨーグルト2つを取る。
ゆで卵に塩をかけるのだが、出にくいらしく、延々と振り続けている。
そして、まだ振っている。塩は出ているのに老眼でよく見えていないとみた。
おじいちゃん塩かけすぎよ、という感じの口調で女の子が屈託なく笑う。
かわったなまりの英語を話す若い親子。小さいわんぱくな子供は
まず最初にフルーツポンチを取る。いいかげんにカットしたような真っ白の金髪が、
走るたびにふわふわする。どう見ても男の子だけど、スカートをはいている。
次に入ってきた小さい女の子もやはりフルーツポンチ。ちゃんと自分で。
向かいのアパルトマンでは、おばあさんが下着姿でバルコニーへ。


ここから、実は書いているのは23日。
朝、手帳とペンがベッドの中に。書きながら寝てしまった。
22日、この日の精神疲労はとんでもない。部屋に帰ってきてベッドに横になったら
そのまま動けなくなった。目ばたきが出来ない。麗子の話はちゃんと聞いている。
でも答えようとすると声が出ない。呼吸をするのも面倒なのでやめた。
その後はよく分からないが、医者を呼ぼうとしてくれたらしい。
どれくらい経ったのだろう、そうこうしているうちに復活した。


そして今は24日。23日もこれしか書けなかった。まただ。

22日土曜は、BONNE NOUVELLEよりメトロでCONCORDEへ出る。
広場だ。Parisはこうやって突然とんでもなく広い場所へ出る。街のほとんどは狭苦しいのだけど。
朝は晴れていたのに、曇ってきて寒い。
Rue du Fbg St Honore、この通りには一流クチュリエたちのメゾンが並ぶ。
どんなものか入ってみる。パリコレの写真集にあったのと同じ服がちゃんと置いてある。
日本の店にもあるけど。

5月30日が
母の日だって。
ママへのプレゼントは、
カーネーションではなく、
ハート型のチョコレート。
でも、これはちょっと
大きすぎるのでは。

Avenue des Champs Elysees に出る。いきなり広い通り。
(頭の中で ♪オォーシャンゼリセ〜 が止まらない)
香水の専門店がある。入ってみる。ディスプレイのデザインがきれい。
全面のガラス張り、鏡張り、そして透明な虹色のオブジェがライトアップ
されている。好きだなあ、こういうの。写真を撮っていたら注意されてしまった。残念。

興味を持つ対象が麗子とは全く違う。自分の好きな所で立ち止まっていると、
すぐに見失いそうだ。この通りは広すぎて人が多くて。今度こそ一人旅で来る。
遠くの麗子を追いかけてVirginメガストアに入る。コンパクトディスクは
日本の方がいっぱいある。品揃えが古い。古いものがそのまま売れ残っている。
こんな売れなさそうな商品は日本だったらあっという間に100円だ。
ここには使い捨ての文化はないようだ。たまに若者が大きなトランシーバーを持っている。
何かと思ったら、携帯電話。機種変更なんて、発想さえもなさそうだ。
こうやって取り残される先進国、フランス。

Ch de Gaulle広場の凱旋門。
巨大だ。
少し離れて見ると
周囲に座る人々が
虫のよう。
残念ながら、
今日は展望台に
登れないらしい。


疲れたので、近くのレストランに入る。

注文すると、その料理は日本人は好まないよ、なんてことを言われる。まあ、何でもいい。
結局パスタが出てくる。大量に。なるほど、太っている人が多いわけだ。
あそこのおばあさんにも山盛り出てきている。

そういえば昨日の店でもそうだが、店員がよく物を落とす。
向こうの席では、客の足下でお皿を落として割っている。
テーブルに料理を出すときも、どん。とやる。

店員の男性は料理を置いて、「イタダキマス」と日本語を言ってみてにっこりした。
それはこちらが言うんだよ。そうか。フランスでは、料理を出す方が挨拶をするのに対し、
日本では、食べる側が挨拶をする。というか本来、料理を出すまでもなく、
人はすでに配膳が済んでいる席に座る。そして料理人にではなく、
自然の恵みに対していただきますを言う。

紅茶の受け皿に、砂糖でないものが付いてきた。「これ、何ですか」一応聞いてみた。
「チョコレート」やっぱりそうだな。ここに置いてあったら溶けそうだ。
席でトレーの上におもちゃのようなお札を支払う。
この店もサービス料込みで、チップが要らない。最近はそういう店が多いらしい。


遅めの昼食をとった後、そこのGEORGE VからBNへ帰ってきた。
まだ15時頃だった。寒いし疲れたので、それ以上他の場所へ行くのをやめて戻ったのだ。
帰ってきてみると、自分で思った以上に疲れていたらしく、
ベッドの上でちょっと横になったつもりが、そのまましばらく動けなくなった。
よく見えるし聞こえているのに頭が白紙で何もできない。
まるで かなしばり だった。ひどく悲しい気分になった。
それから夜まで麗子と話をした。麗子が寝た後、ベッドの中で
明日からどうなるのか考えていた。
写真を一枚撮った。
麗子は4つ年上の姉で、小さい頃からよく面倒を見てもらったわりには
どちらが年上という意識がない。この旅行は、自分がすべて準備して、
麗子の行きたいところにたくさん連れていってあげようと思っていた。
この旅の目的は特にない。しいていえば、ただ惹かれるままに歩いていって、
どこにでも座って空気を感じて、ここに住む人とほんの少し話ができれば
それでよいのだ。で、くだらない写真を撮りまくる。
二人歩きは思ったよりもはるかに不自由で、
まだやりたいことが何一つ出来ていない。
夜中になってもまだ脳味噌が痺れている。集団行動に疲れてしまった。
人に何かをしてあげる、というのは難しいものだ。それ以上に期待されると。
遅い時間だけど、いつも通り窓を開けてシャワーを浴びた。
外は暗闇。空気がひんやりして少し落ちつく。
ベッドの中で何かを書こうとしてペンを握った。何も出てこない。
眠れなかった。ずっと明かりを見ていた。


dim 23 mai 1999

23日、日曜。気持ちのいい快晴だ。
普段ならば雨もまた良しだが、
こういう短期の旅行は晴れに限る。
今朝の天気予報。
ミカンのような、
ずいぶんつるんとした
太陽じるしが並ぶ。

朝食。また昨日のイタリアのおじいさんと孫らしき女の子。
今日もおじいさん、いまにもくたばりそうな声で
「ボンジョール・・・」だ。仏語のつもりだね。
休日をちょっと隣の国で、か。
それにしても変わった組み合わせだなあ。
女の子はティーバッグの紅茶をおじいちゃんに。
おじいちゃんは、手も口もふるわせながら一口飲む。
ちょっと顔が歪む。
女の子はにこにこしながら少し困った顔をして、
我々に丁寧な英語で尋ねてくる。
「すみませんが、どれがいちばん普通の紅茶だと思いますか」
何種類かあるのだ。
「今並んでるのは全部ハーブティーだと思う。
私が飲んでるのもそう」と麗子が答える。
たしか昨日はあったが、今日はそれがない。
「コーヒーがいちばんおいしいよ」と教えてあげる。
おじいちゃんはかなり残念そうな顔はするが、でもちゃんとコーヒーを飲む。
女の子は面白そうにその様子を眺めている。
まさにちょうどそこへ、給仕がティーバッグの補充を持ってくる。
「あー、あれだ」と我々が指さすと、女の子はさっそく差し替えを。
するとおじいちゃんはだいぶ経ってから超スローモーションで、
もうええわ。といった感じで、すべてを顔面のみで語っている。
席を立つ前に、小さな丸いパンを4つ、そろりそろりと大切そうに紙にくるんで持って帰る。


Orangerie美術館の方向へ向かう。何やら金ピカの豪華な門をくぐると、広い公園が。
Jardin des Tuileries だ。噴水の周りでみんなイスを並べてひなたぼっこ。
日差しが強くて、水しぶきがキラキラと舞っている。
ここでみんなと一緒にくつろぎたいなあ・・・
・・・いや、今日は美術館だ。麗子を追いかける。
Orangerie は行列だ。今日は日曜だから。
あきらめてOrsayへ向かう。川沿いに美術館と広い公園がある。
Seine川がさざなみをたててゆらゆらと流れる。広くて気持ちがいい。
橋を渡って、日当たりの良い閑静な通りをしばらく歩くと、Musee d'Orsay。
特設にあった絵。初めて見た。ずっと見てしまった。
E.Jansson?とかそんな感じの名前。名前を覚えようとしていなかった。不覚にも。
いちおう館内の作品をだいたい見て回ったが、最後にもう一度そこへ戻ってきて長い間見ていた。
この美術館は意外にどんどん写真を撮ってもだいじょうぶ。麗子の好きなMonetを撮った。
EJの絵は撮らなかった。何度も撮ろうとしたけど。
絵はがきもあったけど、何かが違う。買わなかった。
ただずっと見ていた。

麗子とは見たいものが違うので、Orsayの入口から別行動。
順路の終点で落ち合う、というつもりでいたら
途中で会ったので、昼食を。
サーモンがとてもおいしい。高級料理店と同じ味がする。
館内のレストランなので、ここも彫刻や絵画で出来ている。
窓が大きくて視界全体に空が。明るくて気持ちがいい。
天井にも壁画。そこにレトロなシャンデリアがびっしり。
透明のガラス製。豪華すぎて天井が落っこちてきそうだ。

隣のテーブルには若い親子。小さな姉弟はテーブルの周りをぴょんぴょん走りまわってはしゃいでいる。
なんとなく我々日本人に興味を持ったらしく、何だか照れくさそうに
ちらっ、ちらっ、とこちらを見ては首をくねくねとする。
そのうちに弟の方が、こちらのテーブルまで来て、会計トレーの上にハナクソを置く真似をして
すばやくテーブルの下へ隠れて、パパの足の間から、また一段と恥ずかしそうにこっちを見て笑っている。
「あー。悪い子は出ておいで」手招きをしてみた。小さなお姉ちゃんが弟の背中を後押しする。
弟はいたずらっぽい目で顔半分を出したり引っ込めたりをずっとやっていた。目がアクアマリンだった。

Orsayに何時間いたのだろう。朝から見始めて、出たのは夕方。
自分が何を撮ろうとしているのかを改めて知らされた。
EJの絵。撮りたいのはその絵ではなく、彼が描こうとした光景、そのものだった。
少しパワーをもらった。自分と同じものを見て、同じものを感じている人がいる。


Batobusに乗る。横浜のシーバスと似ている。MUSEE D'ORSAYから、NOTRE DAMEのあるCITE島 -
ST LOUIS島をぐるっと折り返して市庁 - LOUVRE - 出発点を通過して、TOUR EIFFELまで。どの
景色も、船から見るように作られているのでは、と思ってしまう。一時間があっという間だった。
Tour Eiffel から歩いて、Palais de Chaillot のあるTrocadero の広場を登る。長い階段。
ここはものすごい人だかり。今日は何の日だ? 何かお祭りをやっっているようでもあり、
これがいつもどおりなのかなという気もする。大勢の見物人が身を乗り出して面白そうに広場を見ている。
みんなラテンだなあ。お祭り騒ぎが好き。
その近くのCafe Carette で軽い夕食。キッシュと紅茶を頼む。
若い女性の店員がいる。珍しい。かわいい女のコだ。店の雰囲気が良くなる。
ほとんどの店は、男性か、高齢の女性だ。

麗子に : Parisについて気づいたことは?(cafeにて)
・地下鉄の駅に時計、時刻表がない 時間を決めずに適当に走っている
・Batobusのときも、所要時間を尋ねたら、1h20と答えたのに実際は1h
 その人は毎日切符を売っているのだから、見ていれば分かりそうなものを
 時間について考えたことがないのだろうか
・みんな平気でお金を使う チップ制度や外食をする人が多いのを見て分かる
 物価は日本と同じだけど、みんな裕福なのだろうか
 日本人は死にそうに働いて、それでも貧乏だったりする
 Paris都心には一軒家がひとつもない だから生活にお金がかかっていないのかもしれない
と、こんな感じだった。自分とはまた全く違った観点で見ている。
すべて数字に関わること。自分は数字がどうも苦手だ。

TROCADEROからBNへ帰ってくる。ホテルまで歩く途中、
向こうの道端に若い男が二人。何となく挙動不審。
少し近づくと、長髪の方の男がもう一人に、さりげなさを装ってつぶやくのが聞こえる。
「オレがやろか」
何が起こるのかと思ったら、我々が通り過ぎた背後から、
蚊の鳴くような声で、「Bonsoir... 」
何て控えめなナンパ野郎だ。ずいぶんと小心者らしい。
OPERA地区は物騒なのか何なのかよく分からなくなってきた。
ホテルに帰ったのは20時過ぎ。ずいぶん外にいたな。
そして夜はまた疲れて言葉が出なくて何も書けなかった。
シャワーを浴びて薬を飲んで寝る。


lun 24 mai 1999

24日、祝日。曇り空、少し冷たい空気。
休日はどこもシャッターが。どれもずいぶん厳重で重々しい。
ホテルを出て歩くとすぐに、通りの向こうに見えるのがFranz Liszt 広場。
落書きの多い通りを抜けると、まるMのマークが。メトロだ。マクドナルドではない。
たまにcafeのシャッターが開いているが、今日は何だか本当にひっそりしている。
メトロに乗る。どこのプラットホームにも、ロッカー型の機械装置があって、危険マークが。
このマーク、なぜか気になる。


今日はParis郊外へ。ST.LAZARE駅でSNCFに乗り換えて、SEVRES VILLE D'AVRAYまで行く。
SNCFはParisの外側をぐるっと回るように走っている。
車内はがらんとして、ほとんど誰も乗っていない。
乗った瞬間からもうヨーロッパの田舎を列車で旅している気分になる。
曇り空の下、列車は静かに走り出した。
すぐにParis市内から出た。
ここに初めて一戸建てが出現。
市内には一つもなかった。
ごく普通のヨーロッパの家。
煉瓦造りが多い。
そして目の前に
見えてきたものは・・・
高層ビルだ。

なぜParis市内ではなく郊外に
いきなりこのような。
幻の都市が浮かび上がったようだ。
鎖国のような古都はParis市内だけなのか。
LA DEFENCE、Parisの副都心。
新宿とあまり変わらない。
ここには、すべてを破壊して
新しいものを作り上げる、
そういう文化がある。
郊外を壊すことでParisは守られている。

Parisを外から見る。森の向こうの、あの平野の部分がParisか。
Eiffel がいちばん根元から見える。
市内で高いものといえば、Tour Eiffel とMontparnasse の二つだけなのだ。
Parisの周りには森と都会があって、その外側に田舎がある。
新しい高層ビルなどはすべて郊外に作られている。
Parisは守られている。何も壊さずに、すべてを古いままに、ひたすら守り続ける。
しかし一方で、この街のどこかで世界の新しさの源が生み出されている。
Paris郊外、副都心を通り過ぎて田舎に来る。
駅の改札には駅員もいなくて素通りできる。この切符は何もしなくてよいのだろうか。
一戸建ての住宅の並ぶ小道を歩く。
小鳥のさえずり、耳が痛むほど大きく聞こえる。
きっとここに住む人々はみんな早起きだ。毎日、鳥の声で目が覚めるんだろうな。
駅前に一軒しかないcafeでサンドイッチを頼む。
人なつっこいおじさんが暇そうに話しかけてくる。「ここはオレの家みたいなもんなんだ」
とか言いながら下らない新聞を読んで、タバコをふかす。cafeの上の階に住んでいるらしい。
ちょっと東京から新宿へ行くような時間、
電車に乗っただけで、こんなにも違う町へ来てしまう。
郊外から帰ってきてホテルへ向かう。
途中、裏道の建物の地下天窓から、ミシンで縫い物をしている人が見える。
そばにはたくさんの美しい洋服がつるしてある。若い男性が一人で洋裁をしているのだ。
やっぱり何か新しいものが作られている。地下で、密かに。


ルミちゃんに電話をした。会うことになった。楽しみだ。一人で出かける。
何度も歩いたこの通り。一人で歩くとなんて軽いのだろう。
五感がとぎすまされていく。光があふれる。
一人でメトロに乗って、19:30、ALMA MARCEAU、記念碑の前。

ルミちゃん。Paris在住。自分の友達の中でいちばん気が強い。
彼女に言わせると、フランスの男は全員気が弱すぎて物足りない、とのこと。
気の強い人は話していて とても楽。
こっちがどんなに言いたい放題言ってもちゃんと跳ね返してくれる。
で、ついまた言いたいことを言ってしまう。
魚料理のビストロへ案内してくれた。
やっとワインにありつけたのがうれしい。料理もおいしい。
話が尽きない。何を話しても笑ってしまう。
紅茶に付いてきたチョコレートがすごくおいしい。
ふたつあったので、ひとつは麗子に持って帰る。
結局、当初の予定より少しだけ時間超過して、
かなり薄暗くなった道を一人で緊張しながらホテルへ帰ってきた。
いちばん楽しいひとときを過ごした。


mar 25 mai 1999

ベッドから起きあがってカーテンを少しだけ開けてみる。
静かに曇っている。遠くから、近くから、小鳥の声が建物の壁に反響している。
明日は帰るんだ。まだ何かたくさんのことをやり残している気分になる。淋しい。
朝食の後に、フロントで明日の帰りのTAXIを予約する。
ついに今日だけは麗子と別行動にしてもらった。
麗子を駅のプラットホームで見えなくなるまで見送る。
CITE島に来る。独りで。どこに行きたかったわけでもないが。
駅を出たところで広場の片隅に座って日記を書く。少し冷たい風が吹いている。
今日は日本語を誰にもしゃべらなくていいかと思うと気持ちが軽い。
ずっとこのまま母国語を話さずに過ごすのもいいかもしれないと思ってしまう。
今はちょうどみんなの出勤時間。さあ、朝の市場を見に行こう。
花は日本に持って帰れない。残念。写真を持って帰ろう。
空がグレイで街全体がグレイに包まれている。何を見ても胸がいっぱいになる。
Notre-Dameの裏側。少し歩いてはベンチに座ってみる。
そして誰もいない川岸に降りた。ここは音がない。
Seine川の細かな波をずっと眺めていた。


CITEからST PAULへ。
メトロの地下道で、ハープの音色。老婆がハープを弾いている。その前に立ちすくむ人。
薄暗くて狭い壁に反響して心の底まで響いてくる。お腹が空いた。なぜか。
突然、麗子に会う。何という偶然だ。Parisも広くない。一緒に昼食を、と言われたが、食べたくない、と答えた。
Louvreの周辺とLuxembourgと他にもすでにいろいろと見て回ったがカメラを持っていないので残念だった、とのこと。
一人でも意外に楽しそうでいてくれてよかった。
また独り歩きを始める。
rue de Sevigne。友達が昔住んでいたというので、何となく行ってみる。
rue des Rosiers に入るとそこはユダヤ人街。とても狭い路地裏。たくさんの落書き。アラブ人。
みんな歩きながら何やら美味しそうに食べている。何だろう。横浜の肉まんを思い出す。
つい真似してみたくなる。一番並んでいる店で、FALLAFEL NORMALを1つにBADOITを1本。
「辛いの、だいじょうぶ?」と聞かれる。何でもいい。
さっき見つけた、ベンチのある小さな広場で食べよう。
買った水はポケットに、FALLAFELを持って歩いていると、
突然どこからか「Bon Appetit !」と叫び声が。
見ると、そこのレストランの厨房からおじさんが顔を出してにっこりしている。
柵で囲われた公園に出る。Vosges広場だ。ずいぶんよく晴れてきた。
みんな芝生の上に寝転がって本を読んだり子供と遊んだり。あれ、今日は平日なのに。
裏通りに入ると、こんなところにもバスが。どの道も一方通行なのに。さすがにどの車も路上駐車がウマい。
歩きながらBADOITを飲み終える。


ST PAULから、MUSEE DU LOUVREへ。
中庭の大きなピラミッドのオブジェは
Rouvre美術館の入口。今日は休館。
なのに人がたくさん。
みんなの憩いの場となっている。
しばらく座って水のゆらめきを眺める。
少年たちが水をかけあって逃げ回って笑い転げている。
ピラミッド清掃中。なるほど、リモコン操作。
人間はどうやっても登れないので。

日本人のおばさんに話しかけられる。
フリーのツアーで来ているのだけど、
ご主人とここではぐれてしまったらしい。
旅行エージェントに電話して欲しいと言うのだが、
それは仏語が話せるかどうか以前に、
ホテルに帰ってみる以外に方法がないのでは。
橋の上は屋外の常設展。奇妙なオブジェが並ぶ。

アラブ系の男性が執拗に話しかけてくる。
しかも、たて続けに何人も。
みんな仏語に、たまに無理に英語を交えて。
誰もが日本在住のアラブ人と全く同じことを言う。
・・・あなた名前なんですか
私、名前トニーといいます
あなた仏語はなせますか 英語はなせますか
私、お友達いなくて寂しいです
あなたと私、お友達 いいですか
すこしコーヒー飲みませんか すこしだけ・・・
なぜこうも同じことしか言えないのだろう。

アラブ男はどこまでもついてくるが、
こちらも暇だしのんびり歩きたいので、
話しかけられるたびに適当に言って返した。
「一緒にお散歩しましょう」
「独りで歩きたいの。さよなら」
「なぜですか」
「独りが大好きなの。バイバイ」
中にはこんな質問をする人も。
「ここ、美しいです。日本、美しいですか?」
まだ簡単な言葉しか話せないのだろうが、
それにしても難問だ。日本はきれいな国なのだろうか。
ふと、日本が遠く感じられた。忘れてしまいそうだ。


MUSEE DU LOUVREからST GERMAIN DES PRESに出て、Luxembourg公園に行った。
麗子が写真を撮れなくて残念がっていたLouvre とLuxembourg を写真に撮った。
早く帰ろう。そろそろ部屋に戻って独りで待っているに違いない。
たった一日の独り歩きもこれで終わった。
麗子と昼間にばったり会ったときに約束した時間より、だいぶ遅れてしまった。
最後は大慌てで帰ってきてみると、麗子もだいぶ長い間外にいたようだ。
満足げな顔をしている。よかった。
夕方の時刻なのに、昼間のように明るい。
窓を開けてシャワーを浴びる。
乾いた風がひんやりとカーテンを揺らす。
鳥の声が聞こえる。
Parisの旅が終わる。
Vittel を飲みながら、空の色が変わるのを何時間も見ていた。
毎日見える屋上のえんとつ状のもの、結局何だか分からなかった。
植木鉢を逆さに伏せたようなもので、どこにも穴は開いていない。
これが最後の夜。


mer 26 mai 1999

快晴。今日は帰るんだ。
いつも通りの朝食。
そして忘れ物を念入りにチェックして
部屋にさよならをする。ゆっくりとドアを閉める。
ついにTAXI が来た。
アジア系の女性ドライバー。すごい馬力で荷物を持ち上げてくれる。
TAXI の窓を開ける。暖かい風が吹き抜ける。木漏れ日が通り過ぎる。
Parisの街、見る風景ひとつひとつに、心の中でお別れをする。
Parisを出る。それにしても、なんという速さ。150km/h。


C.D.Gaulle 空港に着く。ここも何もかも透明と白で出来ていて、空がよく見える。
荷物を引いて歩いていると、後ろから紺色の制服姿の若い男が二人。
「飛行機に乗るの?」質問が当たり前すぎて自分の耳を疑う。
胸には"POLICE NATIONAL"。
肩にはワッペン。マクドナルド型の帽子をかぶっている。
ずいぶん足首の細いショートブーツを履いて、その中にズボンの裾を入れている。
何だかアンバランスで、突いたらパタッと倒れそうだ。
麗子はフランスの料理雑誌を買う。なかなかいいおみやげだ。
自分は、"Le Petit Prince(星の王子様)"を買う。(直訳は"小さな王子様"だ)
日本にも探せばあるのだけど、ちょうどここにあったので。
搭乗口付近で、またさっきのPOLICE NATIONALの片割れに会う。
「ちょっと連れがキミを呼んでるから、2分だけでいいんだ、来ないか」
街角のキャッチセールスのように断った。
彼らはこの空港で、あの制服を着て、何を守っているのだろうか。


AF276、離陸。
ミニチュアの景色にも、もう慣れた。
でも飽きることはない。
あの海岸線はどこの国だろう。
ビニルハウスが並んでいて、
太陽が当たった瞬間、激しくフラッシュする。
今度飛行機に乗るときには世界地図だ。

昼食が出る。
メニューの和訳が間違っている。
スチュワーデスも勘違いしている。
思ったのと全く違うものが出てきた。

もう窓のシャッターを閉めるのか。残念。
雲の切れ間からはるか下に、海面が。
くしゃくしゃにしてアイロンで伸ばしたようだ。
いや、使用済みのポリ袋かな。
ちっちゃな白い船がゴミのように乗っかっている。
ところどころに雲の影が。

映画を見る。
日本語吹き替え版は見たくない。
仏語に英語字幕で見る。
どちらも得意ではないのに
両方あると不思議とよく理解できる。

日が沈む。
まだ昼間のように明るい。
水平線、というか、雲平線の上に
ちょうど太陽が乗っていて、
雲を照らしている。

この飛行機は昼に飛び立ち、東へ向かっている。
まる半日のフライト、だが時間は早送り。
ひとつ夜を越す。

雲のいちばん向こうの端がオレンジに輝く。
ちょうど太陽が翼の裏に入る。
見えないが、もう沈んだのだろうか。
光が淡くなる。

でも見えないのが幸い、
少しだけシャッターを開けても
それほど迷惑にならない。
光が洩れないように
頭から毛布をかぶって窓を覆う。
そしてそのまま、何時間も空を見ていた。

雲の内側で何かが静かに火を噴いている。
不気味な感じさえする。

日没を左の窓に見たのだから、
日の出は逆側の窓でないと
見えないのだろうか。
いや、違う・・・

ときどき雲が切れて氷河が見える。
ここはSIBERIE上空。
太陽は、北へ沈み、北から昇る。

 

・・・白夜だ。

 

しばらく空は真っ白に包まれた。

また紅色の雲が流れる。
日が昇る。

ヨーロッパの夜間のフライトは北の窓側に限る。
覚えておこう。

雲平線の少し上に大気の層、といった感じの
透明な境界線があって、
明るいオレンジに染まっている。

さっきから靴下でイスの上に乗って
窓枠にしがみついている。
電車に乗った子供を思い出す。

一人で機内に光を洩らして迷惑をかけながら、
それでも見ていた。
持ってきた25枚撮り6本は
すべて使ってしまった。

太陽だ。
沈んだのと全く同じ場所、翼の裏側に。
雲がふんわりと輝いた。

1999年5月27日(木)、成田空港到着。